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レッド

田舎から出てきたばかりの18歳の若者は、賑わういつもの乗り換え駅で一枚のビラを手にした。

「若者よ来たれ!○×△□先生登壇」

その先生が何者であるか知る由もないが、その集会がどんなものであるかは知っているつもりだった。右でも左でもなく、そのどちらでもないという意志さえ持たない一人の若者にとって、新しい発見をここに期待したのかもしれない。若者はその集会に行ってみることにした。

 

 駅を出て信号を渡り、銀行の角を曲がり、喫茶店、定食屋、細い道に入り、レコード店、そして映画館・・・目的のその場所は思っていたよりも大きな会場だった。少し早くついたらしくほとんど誰も着席していなかった。何を思ったのかその若者は最前列のほぼ中央に座り、開始の時刻までそこで待つことにした。

 どれくらい経ったろうか、会場には人が入り始め、十数人の人たちが舞台の袖からぞろぞろ出てきて各自の舞台上の席に着席した。ざわつき出した会場を若者は初めてそこから振り向いて様子を眺めた。

 そして若者は言葉を失った。会場にいる人たちほぼ全員が真っ黒い服を着ていたのだ。

 

 『起立!』  と声がかけられ全員が起立した。

 

 『「君が代」斉唱』

 若者はさらに動揺し、ここではっきりと場違いを自覚した。有無、あるいは是非。如実か不空か、はたまた不覚か無明か。

 

 頭の中を占める空白を認識できないまま、硬直した身体を意識しつつ、今すぐにでも行動しなければならなかった。

左手の奥にぼんやり灯る『EXIT』を目標に素早くゆっくりと歩み始めた。

 記憶にないこの道のりを終え、若者は会場の外に出ることに成功した。

「こーけーのーむーすー」

ドアを閉めると背中から小さくなった歌声が聞こえていた。

 

 真っ黒い会場から出てきたその若者のいでたちは、昨日買ったばかりの真っ赤なトレーナーとホワイトジーンズだったのである。

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