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型物と個性
 写真館でのスタジオ写真に、いわゆる型物(かたもの)といわれる撮影の技術がある。


例えば和服を着たご婦人の半身像を写す場合、椅子をどのように置き、その椅子に被写体となるご婦人をどのように座らせるか、そして着物の襟ののぞき具合、また帯と帯締めのバランス、帯の見え具合、手の合わせ方云々となる。


つまり、和服のご婦人ひとりの半身像を写すには、ありとあらゆる部分に型があって、それを学ぶ人にとってはがんじがらめとなり、これでは誰が写しても同じだろうと思うことがあるに違いない。


ところがそうはならないのである。


例えば師匠の写した写真のできばえを大きな円にすると、その円よりもひとまわりもふたまわりも小さい円になるのがせいぜいだからである。


それは師匠の経験と個性がその写真の中に秘んでいるからだ。


その小さい円の中に自分の経験と個性を積み重ねなければ、大きな円にはならないのである。


しかし、個性とはいったい何なのか私には分からない。


たぶん作意を消滅させた向こう側から自然と滲み出てくるものかもしれない。


作意を消滅させるなどと簡単に書いてはみたが、これがやっかいなのである。


私は何年か後に写したその写真を改めて見たときに、自然と見入ることが出来れば、いくらかは作意を消滅させている写真だと判断している。

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