<< JAZZと文庫本 | main | 冬至越え >>
ウラとオモテ
 十才の頃、家族で十和田湖まで旅行をした。


それは私が初めて青函連絡船に乗り、津軽海峡を渡るという、いわゆる小さな海外旅行だった。

なのに、その旅行のことはほとんど忘れてしまっている。


強いていえば奥入瀬だとか休屋だとかの読みにくい漢字のことと、絵ハガキで何度も見た乙女の像を見に行ったという記憶だけである。

その乙女の像にしても何の感動もなかったということだけ覚えていた。



やがて私が家族を持ち、子供たちが同じくらいの年令になった頃、再び十和田湖へ旅行をした。

そのとき私はもう一度乙女の像を眺めてみたくなり、にぎやかな店先をくぐり湖畔を歩いてそこまで行ったが、やはり何の感慨も持つことがなかった。


帰り際に、予定になかった近くの十和田神社に寄ってお参りをしようということになり、その参道を歩いて行った。

湖畔とはうって変わって人は誰も居らず、杉林の中の静寂さで心が鎮まる思いだった。

やがて社の前を通り、道は曲がりくねり、小さな祠がいくつか見え、そこを抜けると占場という地点の入口に着いた。

しかし、その占場というところはこの崖に掛かっている長い鉄梯子を降りて行かなければならない。


そこで家族を代表して一人で行くことにした。

降りながら見上げると子供たちがのぞくので「危ないからのぞくな」と叫びながら慎重に降り、なんとか占場に辿り着いた。


夏で木が繁っていたのか薄暗いイメージが残っている。

ふと前を見ると右と左の二ヶ所に木のすき間からポッカリ穴をあけたようにまるく湖面が見えるではないか。

その水の色はとても深く、いくつかの緑色が交じり、ギラッギラッとにぶく光り、今にも湖の底に吸い込まれそうな思いに震えた。

私は梯子投を降りた地点から一歩も動けずにじっと手を合わせるだけで帰ることにした。


おそらく昔人たちはこの水の色を感じてこの神社をつくったのだろう。そして人はささやかな願いを込めて己の大切なものを深い湖の底に沈め祈ったのだろう。

深い深い震えるような色に対して、そのささやかな願いがせめて叶うようにと。

| 日々のこと | 10:54 | - | - |